2004年12月26日スマトラ島沖地震

〜速報〜

地球を周回する表面波の検出
Detection of multiple orbit surface waves

北海道大学大学院理学研究科
地球惑星科学専攻
グローバル地震学研究室 吉澤 和範



2004年12月26日,インドネシア・スマトラ島北部の西方沖において,マグニチュード9.0の巨大地震が発生しました.これに伴って発生した津波は甚大な被害をもたらし,多数の人命が失われてしまいました.

この地震は,80年代から90年代にかけて世界的なデジタル地震観測網が整備されて以来初めてとなるマグニチュード9クラスの地震です.現在世界中に展開されている地震観測網で,この巨大地震の記録が観測されています.

先日,この地震に伴い地球を3周した地震波が観測された,との気象庁による速報(2004/12/28)があったばかりですが,日本の高密度広帯域地震観測網(F-net)の記録を詳しく解析してみると,実に地球を5周以上した地震波が明瞭に検出されました.以下,解析と結果の概略を記します.
  1. 地球を周回する地震波の波形記録
  2. 地球を周回する表面波の様式と名称
  3. 表面波の分散性とエアリー相
  4. 地震記録の検証 〜本当に6周以上の波が見えているのか?〜
  5. 地球周回表面波の特徴
  6. なぜ,何周も周る波群が見えたのか?


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1.地球を周回する地震波の波形記録
 以下ではまず,表面波の一種であるレイリー波の鉛直成分の記録を示します.下の図1が今回,F-netで観測された地球を周回する表面波の記録です.

 日本全国に展開されているF-net観測網で記録された地震波形のうち,長い距離を伝播しうる長周期の波に着目し,比較的帯域の狭い3-5mHz(ミリヘルツ)のバンドパスフィルターをかけています.ローパスフィルターをかけただけでは,R8以上はあまりよく見えないのですが,この3−5mHzの帯域の波(エアリー相と呼ばれます)に着目すると,5周以上周回する表面波(R11)が明瞭に確認できます.拡大してよく調べてみると,6周以上の波も見えます.(各波群には,その伝播経路に応じて"R1, R2, R3, R4, ...."という名称がついています.この詳細やエアリー相については下の解説を参照ください.)

 図1の縦軸が震源からの距離(角距離)で,上側ほど震源に近く(九州・沖縄),下側ほど震源から遠く(東北・北海道)なります.図の地震波のうち最短経路のR1は,日本列島の南西側から入射し,西南日本弧に沿って伝播して,日本列島の北東側へ通り抜けていくように伝播します.R2の伝播方向はその逆向きになります.伝播の仕方については次節を参照してください.

図1: 地球を周回する表面波.縦軸は震源からの角距離(角距離1度は約111km).横軸は地震発生時刻を基準とした時間(単位は秒).図の上段は地震発生時刻から17時間後までの記録,中段は地震発生後約4時間後から17時間後までの記録,下段は11時間後から27時間後までの記録.周波数3-5mHz(周期200〜330秒)のバンドパスフィルターを適用.



より高解像度の図をご覧になりたい方は,以下のPDFをダウンロードしてください.
 図1上段 [PDF:8.25MB],図1中段 [PDF:9.46MB],図1下段 [PDF:8.26MB]

2.地球を周回する表面波の様式と名称
 地球の表層を伝わる表面波は,一般に下の図のようにR1, R2, R3, ....と呼ばれます.R11の場合,実に地球を5周以上周回したことになります.

図2:表面波の地球周回と名称


※表面波にはレイリー波とラブ波の二種類があります.R?という呼び方はレイリー波に対して用います.ラブ波の場合はG?となります.また,ここでのレイリー波は基本モードと呼ばれるものです.高次モードのレイリー波の場合には,X?という呼び方をします.ここでは,基本モードのレイリー波の場合のみを示しています.

3.表面波の分散性とエアリー相
 表面波には分散性という特徴があります.この性質により,周期によって地球の構造に対する感度が変わります.基本モードの表面波の場合,周期が長くなるほど深い構造に敏感になります.図3はレイリー波の分散曲線です.地球表層を伝播するレイリー波の位相速度と群速度が,周期によってどのように変わるかを示しています.

図3:標準的な地球構造モデル(PREM)でのレイリー波の分散曲線.点線は位相速度,赤線は群速度.周期50秒と240秒付近に,群速度の極値があり,その周辺の周期帯では振幅の大きなエアリー相が観測される.


 ここで着目すべき点は,周期240秒(約4mHz)において,レイリー波の群速度の分散曲線(図3の赤線)が極小値となることです.このように,分散曲線が極値をとる周期付近では,その近傍の周期を有する波群がほぼ同時に到達するために,レイリー波の振幅が大きくなることが知られています.これをエアリー相(Airy phase)と呼びます.上の図1では,3〜5mHzのバンドパスフィルターをかけることにより,この大きな振幅を持つエアリー相を捉えているのです.

 なお,周期240秒付近のレイリー波の群速度は約3.6km/sです.地球1周の距離は約4万kmですから,11,000秒(約3時間)ほどで地球を一周することがわかります.

 このように,周期240秒(4分)のレイリー波のエアリー相に着目すると,地球を何度も周回したレイリー波の記録を検出しやすくなります.今回の地震では,R11までは明瞭に確認できました.拡大して良く見ると,地球を6周以上周ったR13以上に相当すると思われる波群も見えています.今回の地震がいかに巨大であったかがよく分かります.

4.地震記録の検証 〜本当に6周以上の波が見えているのか?〜
 図1で示したような地球を何度も周回する地震波の記録は,地球を5回周ったR11くらいまではかなり顕著に記録されています.ここでは,他の地震等の影響について少し検証してみます.(詳細な検討については,まだこれからですが,現段階で分かっている情報から考えられる影響について議論します.)

他の地震(余震を含む)の影響は?

・M6クラスの地震
 本震震源の周辺地域では,マグニチュード6(以後M6と省略)クラスの余震が多数起こっています.図1に示した波形記録の100秒よりも短い周期成分では,これらの余震の波形も記録されています.(この図もそのうちアップします.)

 現在,ハーバード大学から出されているM6.6の余震のモーメントテンソル解の速報値を利用して理論波形計算を行ったところ,このM6.6の余震で発生するR1を日本で観測したときの振幅は,M9の本震で発生するR1の振幅の1000分の1以下にしかなりません.つまり,たとえM6クラスの余震の影響が図1の記録に含まれていたとしても,微々たる影響しかないものと考えられ,これはほぼ無視できます.

M7クラスの地震
 図1に示した時間帯において,マグニチュード7以上の余震は1つしか起こっていません.これは本震発生後約3時間23分後(約1万2千秒後)に発生しています.この余震のR1は短周期のフィルターをかけることで確認できます.

 これもハーバード大学から出されている余震(M7.1)のモーメントテンソル解を利用して理論波形計算を行ってみると,周期200〜300秒での最大振幅は,本震の場合の約200分の1になることがわかりました.したがって,上記時間帯内での最大余震の記録でさえ,顕著な影響はないと思われます.

 実際に図1で検出されるR11の振幅は,本震のR1の振幅の約40分の1程度に小さくなっています.それでもなお,M7クラスの余震で発生するR1の振幅よりも5倍は大きいことが分かります.

・他の地域の地震
 図1の時間帯(本震発生から約1日間)では,スマトラ島付近以外の世界各地においても,M7を超えるような規模の地震は報告されていません.また,日本周辺においても,日本列島全体を揺るがすような大きな地震は報告されていません.従って,図1に明瞭に記録されている波群は,スマトラ島沖地震の本震によって生じた地震波であるといえます.

5.地球周回表面波の特徴
 図1に示した波群が,スマトラ島沖の本震で発生したことはほぼ間違いないことが分かりましたので,これらの特徴について少し考察しましょう.

・高次モードのレイリー波群
 スマトラ島地震の本震は,深さ10kmという,極めて浅い地震であったにも関わらず,非常に顕著な高次モードの波形も観測され,それが地球を周回する様子も捕らえられています.(図1のR1とR2の間に,X2, X3の波群が明瞭に見えています.) 高次モードのレイリー波は基本モードよりも群速度が速いため,地球を周回する際には基本モードと高次モードが交差する様子が見て取れます.

・地球内部の不均質構造の影響
 地球を3周以上したR6以降では,走時の傾きが場所によって大きく変化し始めることがわかります.特に,距離50〜54度付近でのずれが顕著に見えるのは,震源と西南日本を結んだ大円経路が,震源と東北日本を結ぶ大円経路とは少しずれていることが一つの要因です.

 このように,もともとの伝播経路が観測地点によって異なる上に,さらに長い距離を伝播するうちに,地球内部の不均質性の効果によって,より一層,経路にずれが生じてくるために,長く伝播した波群の走時に大きなばらつきがでてきます.特にR12以降ではこれが顕著に現れています.

6.なぜ,何周も周る波群が見えたのか?
 このように何度も周る波群が明瞭に観測されたのには,いくつかの要因があります.

 まず,地震によって放出される地震波には,震源からの方位によって振幅が変化する方位特性があります.今回の地震では,レイリー波の最大振幅の射出方向が,震源から日本列島に向かっていたために,非常に大きな振幅のレイリー波が観測することができました.

 また,震源と日本を結んだ大円経路に沿う方向に並行して日本列島が広がっているため,非常に長い空間距離に渡って連続的に,地震波を観測することができました.これによって,表面波が地球を周回しながら伝わる様子が明瞭になりました.

 さらに,本震の直後に,マグニチュード8程度の大きな余震が起こらなかったことも,何度も地球を周回した地震波が観測された要因の一つです.

 そして何よりも,この地震の規模が極めて大きかった,ということです.マグニチュード8クラスの地震でも条件が合えば,地球を2周以上する波群を捉えることができますが,今回のように5周以上周る地震波が明瞭に観測されることは極めて稀です.

謝辞:今回用いた地震波形記録は,防災科学技術研究所のF-net観測網のデータを利用させていただきました.

最終更新日:2005年1月18日
作成日:2004年12月30日

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